2012.10.24(水)

10月は、めまぐるし。っちょいと北九州ヘ

毎年のことながら、10月はやけに忙しく過ぎてゆくので
どうしても、ひとことをおいてきぼりにしてしまいがちだ。
書かなければ忘れてしまうので、今年こそはしっかりと
書き留めよう。

先々週、北九州は炭坑の街、田川後藤寺に行ってきた。
目的は98歳で他界した、おばあさんの法要だったのだけど、
少しゆっくりできたので、田川を散策してきた。

田川は炭坑節発生の地で、二本のレンガで出来た巨大煙突と

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石炭を採掘する巨大掘削機が、どーんと鎮座する炭坑歴史博物館がある。

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そこへ見学に行く途中、タクシーからみえた「香春岳」に、まず驚いた。

不思議な光景だった。山が半分、平らになっていて山頂がない。

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運転手さんに尋ねると、
セメントの原料の石灰が採れるので、どんどん削られて、今では
手前の山だけ半分の高さになってしまったらしい。
「ここからの景色を小学校の頃に写生会で描きましたけど、
当時は手前の山だけ描けばよかったんですよ。
後ろの二の岳、三の岳は見えなかったんです。
今の子は、山を三つも描かないといけないから、たいへんですね。
ハッハッハ~」
と、教えてくれた。山が一つなくなるって、スケールのデカい話しだな~

そして、博物館へ。実際に炭坑で使われていた重機や道具が所狭しと
並べられており。採掘のようすは、実物大の再現模型でそうとう重労働
だったことがよくわかった。男も女も暑さのため、裸同然の格好で働いたらしい。

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日本の暮らしを陰でささえた炭坑夫たちの生活した住居の展示もあり、
明治から昭和初期の時代別の社宅がみれた。
時代が進むにつれ、少しずつ、個人の生活道具が増えていく、
しかし、昭和の初期でもほとんどの道具や施設は共同だったようだ。

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まだまだ物の少ない時代だったのだね。

その後、炭坑で栄えた田川は、娯楽が充実してゆき、昭和30年代には、
田川の街だけで、映画館が30軒ほどあったらしい。
当時の劇場の看板絵を手がけていた絵師が、写真をたくさん残していて、
博物館の一角にそれらの写真と映写室の様子が展示されていた。

手描きされた映画の看板や、きらびやかな装飾に囲まれた
映画館に大勢の人が集まった写真や、銀幕のスター本人が舞台あいさつに訪れ、
パレードさながらに盛り上がっている写真。当時は映画をただ鑑賞するだけでなく
ワクワク感が向上するための演出が劇場の外から随所に散りばめられていたようだ。
現代の「映画館で本編を観てハイ、終わり」ではない、
一本の映画で骨をしゃぶり尽くすほど楽しむ。きっと心に残る映画って、
作品の善し悪しよりも、それに付随するプロセスが込みの感動だと思うし、
これが娯楽の楽しみ方であり、楽しむコツなのだとあらためて思ったのでした。
まさか、炭坑の博物館で娯楽について学ぶとは。

現在は炭坑も閉山して、映画館も残っていなかったけど、街中になごりは
見ることができましたよ。

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